『ダム・キーパー』(角川書店単行本)
KADOKAWA
著:トンコハウス
発売:2019/3/29
あらすじ
“Unsung Hero”── ほんとうのヒーロー
ほんとうのヒーローは、だれも見ていないところで 町を まもっている。
その町は、大きなダムで、汚染された大気〈くらやみ〉をせき止めていた。 ダムの上の風車小屋にすみ、朝夕風車をまわして〈くらやみ〉をおしかえし、町をまもっているのは、ピッグという名のブタの少年だ。
ピッグには、家族も友だちもいない。平和ボケした町の人々は、だれが町をまもっているのかもわすれて、いつも仕事でよごれているピッグを、「よごれんぼ」とばかにしていた。
そんなある日、町の学校に、きつねの転校生がやってきた。名まえはフォックス。絵を描くことが大好きで天真爛漫なフォックスとのふれあいが、 ピッグの孤独な心をとかしていく。
ところが、フォックスが、よごれんぼになったピッグを描いて、みんなとわらっているのを見て、ピッグは深くきずつく。そして、うっかり、風車をまわす時間をわすれてしまう。
気づくと、まっ黒な〈くらやみ〉がふくれあがり、ダムをこえて、町におそいかかろうとしていた――!! 苦境をのりこえ、ほんとうの使命に目ざめていくピッグの「友情」と「成長」の物語。(KADOKAWAの公式サイトより)
「いじめ」「仲間はずれ」を経験した人に
世の中には「いじめ」や「仲間はずれ」という言葉とは無縁の人たちがいるかもしれませんが、少なくとも私の周りでは、これらを経験した人たちが多いです。わたし自身もコミュニケーションが得意ではないし、“あれは仲間はずれだったよな…”と記憶している学生時代の思い出があります。正直、いじめられっ子にきつい言葉を伝えてしまったこともあります。どちらも忘れられない記憶ですし、忘れてはいけないと思っています。
『ダム・キーパー』は、そんな「いじめ」の記憶がある人たちに読んでほしい絵本です。もちろん、それ以外にもたくさんの魅力や要素がつまった絵本ですが、私の場合は読後に強くそう感じました。
物語に登場するピッグは、「よごれんぼ」とばかにされている男の子(「ぼく」と書かれているから男の子だと思う)。「よごれんぼ」と言われるのは、ダム・キーパーの仕事をしていて、いつも汚れているからです。
そこへ、救世主のように現れるのが転校生のフォックスです。絵がじょうずな女の子で、いつもひとりぼっちだったピッグに、“明日またフォックスと一緒に絵を描ける”という希望を与えてくれた子でした。ところが、ある日、ピッグは、フォックスがいじめっ子たちと一緒に自分を笑いものにしていると勘違いしてしまいます。
フォックスが実行した“いじめ回避”の方法とは?
フォックスは、いじめっ子たちからピッグを守ってくれます。その守り方が素敵でした。フォックスが選んだのは「自分を落としてピッグに寄り添う」という方法。正義を振りかざすのではなく、自分もピッグと同じように「よごれんぼ」になってしまったのです。
ひとりぼっちのピッグからすれば、大好きな友だちがプライドを投げ打ってまで自分を守ろうとしてくれた姿に「本物の友情」を感じ、勇気をもらったのではないでしょうか。
フォックスにとっては、いじめっ子たちも自分の友だちです。仕返しのようなかたちで攻撃するのではなく、誰も傷つかない方法でピッグを守ろうとしたのが素敵だと思いました。
茶化すような話をしてすみませんが、これって、自虐ネタでみんなに愛されるお笑い芸人さんと同じじゃないですか?(フォックスの場合は笑い飛ばすようなコミカルな感じではなく、すごく真摯に描かれています。とても素敵な場面なので、嫌なイメージを与えてしまったらごめんなさい)。でも本当に、絵が好きなフォックスらしい、平和的で穏やかな守り方だと感じました。
ピュアで頑張り屋さんのピッグと、ちょっと変わっているけどやさしいフォックス。「いじめ」を経験した人が本作を読むと、ピッグに共感すると思います。だから、フォックスの行動がまぶしすぎて涙が出ます。発達障害の我が子にもこんないい友だちがいたなら…と思ってしまいます。
絵本は絵本としての魅力がある
この絵本を作ったのは「トンコハウス」というアニメスタジオです。トンコハウスは2014年に、『トイストーリー』などで知られるピクサーのアートディレクターを務めていた堤大介さんとロバート・コンドウさんが設立したスタジオです。
本作は、2017年に配信され、世界中の国際映画祭で20以上の賞を受賞した名作映画『ピッグ -丘の上のダム・キーパー-』をもとに作られました。絵本には絵本の良さがあるから、映画をそのまま落とし込んだようにならないようにと、ゼロから新しい絵を仕上げたのだそう。
朝日新聞GLOBE+の記事によれば、トンコハウス設立者のひとりである堤さんは、CG全盛の米国にあって、“ぬくもりに満ちた手描きの光”を得意としてきた人。『トイ・ストーリー3』でも、「光と色専門のアートディレクター」として、おもちゃたちがいる場所の木漏れ日や、悪役おもちゃに陰をおくタッチなどを担当したそうです。
本作に描かれた絵も、“うるうる”と揺らいでいるような独特のタッチや、陰影があるからこそ光が引き立つような色調が美しく、まるで絵画のようです。
堤さんは、ビジネスの収益金でカンボジアに図書館を建てたり、宮崎駿さんの姪と結婚していたりと、なかなかすごい経歴をお持ちの方で、興味がある人は朝日新聞GLOBE+のインタビュー記事を読んでみてくださいね。わたしは設立者ふたりの友情にも、ピッグとフォックスの関係性につながるような温かいものを感じました。
絵も文章も何度もやり直したそうで、ストーリーは映画とずいぶん違っているようです。「映画の絵本版」ではなく、一冊の絵本として読んでも、さまざまな発見と感動があります。もっと多くの人に読んでほしいイチオシの絵本です。
本当のピッグは強くて勇気がある男の子
この絵本は、たったひとりで「くらやみ」から町を守っていたピッグが、仲間と共に生きていくことの喜びを知る成長物語であり、希望が描かれています。ピッグはもしかしたら、「よごれんぼ」と言われることで、自身の心の中に壁を作っていたという見方もできます。ところがピッグは、ピンチに陥ったとき、「くらやみ」と共に自身の心の中にあるダムを追い出したようにも見えます。
ピッグはススで汚れた「よごれんぼ」かもしれないけれど、その内面はとても強くて勇気がある男の子。ダムキーパーとして、誰よりも必死になって町を守ろうとしているのだから。誰も知らない隠れたヒーローなのです。強い自分を変えることなく、最高の仲間を得たピッグを誇りに思います。
そして、なんといっても、ピッグのイラストがとても可愛くて応援したくなります。絵のタッチや独特のファンタジー感、友情の描き方など、さまざまな魅力が詰め込まれた一冊です。
AmazonのKindle版(電子書籍)では無料で読めるようです。感動必至の作品なので、ぜひ読んでみてくださいね。
※Kindle版は、タブレットなどの大きなディスプレイで読むことが推奨されています。
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